九州男児という言葉に昔から憧れていた。僕の父はずっと強い母の尻に敷かれていて、そんな姿を見るたびに、男としてどうなんだという苛立ちを募らせていた。そして誓った。僕は結婚してもあんな風にはならない。決して奥さんの顔色を伺ったりなんかしないし、ご機嫌を取ったりするようなマネなんかしないぞと。
そして時が経ち、僕は晴れて結婚することになった。相手は僕より5歳年下で26歳の介護士だ。器量よし、性格よし、全てが母親と真反対だ。これで父のようにはならずに済む。…はずだった。
それは些細な言い合いから始まった。原因は僕が彼女との約束を忘れてしまったことだった。完全に僕に非がある。非は僕にあるのだけど、とにかく僕は妻よりも格下だと思われたくなくて、一切謝らず、逆に開き直った。僕との結婚生活を続けるためには、こういうことが当たり前なのだということを彼女に知らしめたかったのだ。ところが一向に反省する気のない僕に痺れを切らした彼女は、自分の部屋に引きこもった。と思ったのも束の間、彼女が部屋に置いてあった金庫を担いで僕のところに来てこう言った。「謝らないなら、この金庫、頭の上に投げつけるから」オイオイ、嘘だろ?その金庫軽く100kg以上はあるんだぜ?僕だっておそらく持ち上げられないだろうというのに。だけど普段から介護の仕事で重労働に慣れている彼女にとっては、100kgの金庫を持ち上げるなんて朝飯前だったのだ。僕は後じさりながら、何度も何度もごめんなさいと許しを乞うたのだった…。
それ以来、僕はあんなに嫌いだったはずの父のような男に成り下がっていた。妻の顔色を伺い、機嫌が悪いようならマッサージをしたりコンビニにスイーツを買いに行ったりする。嗤うなら嗤ってくれて構わない。誰だって、目の前で100kg以上ある金庫を持ち上げられたら…きっとこうなる。